Category Archives (国別)

2008年02月19日 の出来事

無念の400シリング -モヤレ-

今日は嫁日記でございます!

このブログには、いつもワタシは何にもしてないように書かれてますが、実際は荷物の整理やパッキング、洗濯などなど、毎日毎日いろいろと忙しく雑務をこなしているのです。

昨日の夜も、部屋の中でボケーッとしてるダンナを横に、ワタシは部屋に散らかってるトウモロコシの粒を掃除したり、ダンナの汚いシミ付きパンツをたたんであげたりと大忙し。

なので、今日は朝からユックリのワタシ。

今日の目標は、数百メートル先の国境を抜けてケニア側へ入国することぐらいなので、特に急ぐ必要もないのです。イエイ!

がしかし、ダンナはケニアのお金シリングを手に入れるために、朝から外へ両替にお出かけ。

うむ、ご苦労。がんばってね。

しばらくしてから戻ってきたダンナ。

汗だくになりながら、わざわざ歩き回って両替商を探してきたみたいですが、どうやら両替に失敗して、いくらか損したそうな。まぁ残念。

ワタシ的にはレート計算がよくわからないので、ダンナの言ってる「失敗」の意味がサッパリわからなかったのですが、結論としましては、そんなダンナの顔がとてもマヌケに見えたのでありました。これまた残念。

そんな感じでノンキに午前中は過ぎていったのでした。この後、お金にまつわる惨事が起きることも知らず・・・。

まあその話は後ほど。

昼過ぎに宿を出て、ダンナと二人、国境のほうへと歩いて向かう。

しばらく歩くと、片側だけの踏み切りみたいな、ショボい木製の国境が見えてきた。

器用な小学生だったら、工作の時間とかに作ることができそうな、そんなヘボヘボな国境。

見張りの人もいないし、横の路肩を通れば、簡単にケニア側に行けてしまいそうな感じだ。

ていうか現地人は、向こう側とこちら側を自由に行ったり来たりしてるけど、いいのかな!?

周辺をキョロキョロ見回して、イミグレーションの建物を探しだし、出国スタンプをゲット。その後、暑い中で30分ほど放置プレイされながらも税関チェックも無事にパスして、ヘボヘボ国境を越えた。

ついにエチオピア脱出だぜ~!イエイ!


当然のように国境を越えても景色はたいして変わらない。

町の名前もモヤレのまま。エチオピア側のモヤレからケニア側のモヤレへ移動しただけなのです。

でも、太陽の日差しと空気中の熱気は、どんどんヒドさを増していってるような気がした。

歩き続けても、人が住んでるような開けた場所には、なかなかたどりつけない。

赤道にも近いから、この日差しと熱気は当然といえば当然なんだけど、重いバックパック背負ってのこの状況は、ほんとにツラい・・・。

途中、ケニアのイミグレでボッタクリ的に高額な50ドルのビザを取得した後、さらに歩き続け、ようやく宿を発見。

あ~、しんどかった。これでやっと楽になれる・・・。

しかし、ここで事件が!

部屋の案内をしてくれた宿の従業員の男に、ダンナが宿代を支払ったのですが、黒いTシャツを着たその男はお金を受け取った後、「領収書を取りに行く」と言ったまま何分待っても戻ってこなかったのです。

もともと怪しそうな感じの男だっただけに「もしや・・・」と思い、その男と先ほど軽く挨拶を交わしていた、廊下掃除中の女性従業員に尋ねてみると、こんな答えが返ってきたのでした。

「ノ~!そいつは従業員じゃないわよ!」

え~!!!

つまり、黒いTシャツを着た単なる通行人が、宿の部屋案内をして、ダンナから宿代を回収し、そのままネコババ、はいサヨナラ、バイバイねって感じで逃げていったということなのです。

状況が飲み込めたダンナは、そいつの後を追うため、急いで階段を降りて外へ飛び出したのですが、その甲斐もなく、10分ぐらいしてから、またまたマヌケな顔をして戻ってきたのでした。

あ~あ・・・。

悔しさと暑さと疲れから、涙があふれてきてしまったワタシ。

その後ダンナは、近くの警察に届け出に行ったけど、犯人がすぐに捕まるわけでもないので、結局、宿からは宿代を再び請求された。

「だいたいそんな奴が簡単に宿に入って来れること自体がおかしいし、知らん奴と挨拶交わしてる従業員もおかしい」などとブツブツ抗議しながらも、ダンナは渋々と宿代をホンモノの従業員にお支払い。

無念の400シリング(約600円)だったのでした・・・。

その事件のせいで、二人で昼飯を食べてもなんだか元気になれず、ワタシはフテ寝。

んでも、ダンナは昼飯食って少し気を取り直したのか、バスのチケットを購入しに外に出かけていった。

で、無事に明日のバスチケットをゲット。

と、そこまではよかったのですが、どうやらチケット屋から戻ってくるときに、日本から持ってきた大事な3色ペンを失くしてしまった様子・・・。

日本では100円ショップとかでもすぐに手に入る3色ペンですが、この辺りでは黒いボールペンですら貴重なモノのひとつ。

仮にどこかで新しいのを買うことができたとしても、あんなにインクのつきが良い高品質な3色ペンなんて、とても手に入るとは思えない。

うなだれながら、ガックリと肩を落とすダンナ・・・。

ワタシも泣いたりしたけど、なんだか今日は、この人にとっても散々な一日だったみたいです。

ただ、彼の立ち直りは驚異的に早いので、明日の朝起きたら、いつものように「腹減った」と言いながらケロッとしていることでしょう。マヌケな顔しながら。



2008年02月18日 の出来事

ラジオ係の思い出 -コンソ→モヤレ-

早朝4時半に起床し、ロウソクに火を灯す。

圧倒的に眠いが、朦朧とする意識を奮い立たせて、なんとか朝の準備を整え始める。

今日のモヤレ行きのバスも朝5時発なのだ。

思えば、エチオピアに入って以来、毎日のように早起きが続いている。

エチオピアで訪れた、アジスアベバ、シャシャマネ、アルバミンチ、ジンカ、コンソ、それらの都市をつなぐ全てのバスが、早朝5時から6時発だったのだ。

こんなに頻繁に早起きするのは、たぶん20年前の夏休み以来だと思う。

その頃、僕は小学校の町内会で「ラジオ係」という大役をまかされていた。

少しメカニックな感じのする名前ではあるが、実際は夏休みの朝のラジオ体操のときに、毎日ラジカセを会場へ持っていくという、それだけの係だった。

早起きが超苦手な僕にとっては、これ以上の貧乏クジは無いと思えるぐらい損な役割だったのだが、町内の他の人たちに迷惑をかけるわけにもいけないので、イヤイヤながらもなんとか毎日早起きし、役割を全うしたのだった。

そしてその時、「もう一生、こんな早起き生活は送りたくない」と子供ながらに思ったものだったが、20年後のここアフリカ大陸はエチオピアで、そのラジオ係時代の早起き生活が復活したのだった。

まったく、悲しいという以外ない。

しかしまあ、今日でそんな早起き生活ともお別れだ。少なくとも明日にはエチオピアを脱出して、ケニアに入ってるはず。

しかし、バスは5時になってもやってこなかった。

モヤレ行きのバスはこの宿の敷地内から出るらしいのだが、敷地内を見渡しても、全くそんなバスは見当たらない。

30分ぐらい待った後、さすがにおかしいなあと思い、宿の従業員をたたき起こして聞いてみた。

すると、寝起きで不機嫌な顔をした従業員の口から、「バスは5時発だ」という返事がかえってきた。

「だからもう5時過ぎてるじゃん!」と一瞬思ったが、途中から、彼の意味しているのが、普通の5時のことじゃなくて、エチオピア時間の5時だということがわかった。

つまり昼の11時発。

なんだよ、まったく。。

エチオピアのバスはいつも早朝発だったので、昨日出発時間を聞いたときに、普通の時間かエチオピア時間かを確認せず、勝手に早朝5時発だと判断してしまっていたのだった。

しくじった・・・。


結局バスは、昼11時からさらに遅れること1時間、正午12時になってから、やっと僕らの前に姿を現した。

つまり、普通の5時発ではなく、エチオピア時間の5時発だったバスは、それから1時間遅れのエチオピア時間6時になって、ようやく現れたわけであります。あー、ややこしい。

1時間遅れてきたくせに、乗務員は僕らに「早く乗れ!」と怒鳴りつけてきた。

バックパックを急いで屋根の上に載せた後、車体に「Konso Express」と書かれたそのバスの中へと乗り込む。

宿の従業員に手配してもらったおかげで、僕らは運転手の隣の席、つまり助手席を確保してもらえていた。一番揺れが少ないベストな席だ。

が・・・、バスの中には、ものすごい人があふれていて、なかなか助手席まで辿り着くことができない。

気持ち悪くて吐きそうになるぐらいの人ゴミだ。こりゃひどい。

結局、汗やホコリの臭いが充満する人波の中を、かきわけかきわけ、どうにか前方へと進み、5分ぐらいかかってようやく助手席に座ることができた。

あ~疲れた。

それにしても、このバスの過剰積載ぶりはひどい。インドやネパールでも目にしなかったほどの、過剰すぎる人の乗せっぷり、荷物の載せっぷりだ。

バスの屋根の上には、ズタ袋に入った穀物やら木の枝やらが山のように積み上げられ、バスの中には100人ほどの人たちが乗り込んでいた。

そして僕の座席の背もたれの上には、知らない人が勝手に座っており、そいつのお尻が僕の後頭部にペタッとくっついていた・・・。

まあしかし助手席ということもあって、運転中はかなり快適だった。

未舗装でガタガタっぽい道が続くが、そんなに揺れは伝わってこないし、フロントガラス越しに、広大なエチオピアの自然風景も見渡せる。

砂ぼこりまみれで、パッとしないといえばパッとしない景色ではあったが、それでもバスの前を横切る牛や山羊の群れ、パカパカと走るラクダの群れなどを目撃できたりして、なかなか楽しかった。

助手席を確保してもらったのは、やはり正解だったね。

で、何度か休憩をはさんだり、パンク修理タイムを3回ぐらいはさんだりしながら、Konso Expressは夜8時半頃にようやくモヤレの町に到着。

着いたときには、外はもう真っ暗だった。

できれば今日のうちにケニアまで入っておきたかったが、今日はもう国境のゲートは閉じてしまったらしい。

しょうがない、ケニアは明日だ。

歩き回って適当に宿を探し、チェックイン。

断水でシャワーは出ないし、部屋の中は溶け出したロウソクのロウでベタベタしてるし、床には大量のゴキブリがゴソゴソと動き回ってるしで、なかなかイケてない宿だったが、まあ寝れればそれで十分だ。

他の宿に泊まったところで、どうせ同じようなもんだろう。

ベッドの上に敷くビニールシートを取り出そうとバックパックを広げると、中から大量のトウモロコシの粒が出てきた。

バスの屋根の上で揺られているうちに、他の荷物から漏れ出して移ってきたのだろう。

「まったく最後までやってくれるなあ・・・」

そんなことをつぶやきながら床にコロコロと転がっていくトウモロコシの粒を眺めていたら、なんだかラジオ係をやっていた夏休みの最終日みたいな、ちょっと寂しいようなスッキリしたような何とも言えない気分に包まれたのだった。

エチオピア最後の夜だった。




2008年02月17日 の出来事

不条理バス(2) -ジンカ→コンソ-

「バキッ!」

何かが割れるような音がバスの中に響き渡る。

乗客は皆、何事もなかったかのように平然とした表情をしているが、それは明らかに違和感を感じてしまうような音だった。

何があったのだろうと、キョロキョロとバス内を見渡していると、あることに気が付いた。

「柱が折れてる!」

あまりにボコボコの道を走ってるせいで、揺れのため、バスの床と天井を結ぶ金属製の支柱が折れてしまったようだ。

しばらくしてから、バスの乗務員がその柱に近づき応急処置を施していた。

といっても、ヒモで柱を荷棚にくくりつけただけだけど・・・。

それにしても、このボコボコ感は本当にひどい。。

地面全体が何かにえぐり取られたかのような凹凸まみれの道を、バスはガンガン進んでいく。

チベットでも、エベレスト付近で道じゃないような道を通ったが、あのときはサスの効いたランクルに乗っていたため、そこまでの揺れは感じなかった。

が、今回はオンボロバスのしかも最後部座席ということで、ものすごく直接的に揺れが体へと伝わってくる。

ボコッ、ボコッとバスが音を立てて揺れるたびに、お尻が30センチぐらい浮かんでしまうのだ。

ウソみたいに体が浮き上がる。

当然、飛び跳ねる瞬間はちょっと怖いし、座席に着尻(?)した瞬間はオケツが痛い。

・・・が、そんなのが30秒に1回ぐらいの間隔で続いているうちに、しだいにそれが楽しく感じるようになってきてしまった。

途中から、浮かぶたびに「おう~♪」と楽しげな声を出すようになってしまった我々夫婦。ちょっと痛いけど、なんかトランポリン的な感じがして面白い。

しかし、もしさっきのオバチャンがあのままヒザの上に乗ってたらどうなっていたのだろうか。オバチャンの強烈な着尻に僕らは耐えることができたのだろうか・・・。

人のあふれかえる車内前方を見ると、さっきのオバチャンが床に足を踏ん張って、必死に揺れに耐えながら、お尻をプリプリさせて立ち乗りしていた。

バスは、マイペースに不条理な感じで進む。

車内では若い女の子が嘔吐していたが、周囲に反対されて窓を開けられず、皮を削った2センチ大のライムを、酔い止めのため鼻の穴にムリヤリ突っ込んでいた。

立ち乗り客たちは、バスの揺れのせいで、体を上下左右に激しく揺すぶられ、そのうちの何人かは荷棚に頭をぶつけていた。

そして、荷棚の上のニワトリたちは、そのぶつかった衝撃に驚き、うるさい鳴き声をあげながらビニール袋の中で騒いでいた。

これまでは「エチオピアのバスは、なんで1日1便しか走っていないんだ」と嘆くことが多々あったが、しかしこんなひどい道でも1日1回はバスが走ってるんだと考えると、それはある意味すごいことだと感じてしまった・・・。


昼ぐらいにバスはコンソの村へ到着した。

それにしても、他の村にもまして、この村にはほんとに何も無い。

バスが停車した十字路の周辺にポツポツと数軒だけお店が並んでいるだけで、そこ以外には、商店や飯屋などの気配はほとんど感じられなかった。

「いやあ、何にも無いねえ」と言いながら、適当に十字路付近にあった宿に入る。

何も無い村のわりには、なかなか普通そうな宿で、トイレも共同ではなく室内に付いていた。

バスの揺れのせいで膀胱がかなり刺激されていたためか、トイレに入ると荒々しい放物線を描いて、小便が勢いよく便器に向かって走っていった。

「ふう、すっきりした~」とトイレを流す。

・・・が、水は全く流れなかった。

どうやら断水のようだ。

エチオピアでは断水はよくあることなのだが、疲れていたせいもあってすっかりそのことを忘れていた。

従業員の話によると、この村では断水というよりも、一日中ずっと水が出ないらしく、水を使用したい場合は、水ガメからバケツで汲んで持ってこないといけないらしいのだ。

う~ん、面倒くさい・・・。


(↑水ガメから水を汲みだす従業員)


この村には全く用事は無いので、また明日バスに乗って国境の町モヤレに向かう予定だ。

モヤレまで行けば、歩いてケニア側へと入れる。ついにエチオピア脱出だ。

宿の従業員にその話をすると、「じゃあ、モヤレ行きのバスを手配してやるよ」と言ってきた。

なんでも、この宿の敷地からバスが発車するらしく、彼の裁量で良い席を確保できるらしいのだ。

提示してきた金額は70ブル(約840円)。

ちょっと高めだったが、また早朝から席取り合戦をするのも面倒だったので、思い切って彼に手配をお願いすることにした。

どうせピンはねしてるんだろうけど、まあいいや。これでしんどいエチオピアの移動ともオサラバなわけだし。


宿の向かいにあった飯屋で適当に夕食。

「これしかメニューがない」と言われて出てきた料理は、肉玉子炒めのようなものとインジェラのセットだった。

「これで最後だしな・・・」

異様にデカい雑巾のようなインジェラを、がんばって口の中へと運ぶと、やっぱり予想通りのゲロっぽくて酸っぱい味がした。

おえ。。

食後、少し気持ち悪くなり「食べなきゃよかった」と後悔しながら部屋へと戻ると、ここはここで小便の酸っぱいニオイが室内に充満していて、後悔の念をさらに増長させることとなったのだった・・・。



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