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2008年7月20日 の出来事

気絶と鼻血 -メキシコシティ→オアハカ-

朝10時。ペンションアミーゴを後にした僕らは、地下鉄1号線に乗ってバスターミナルへと向かった。

大都会なだけあって、メキシコシティにはバスターミナルが4つも存在する。

だいたい大きな都市でもバスターミナルは1つか2つしか無いというのが海外では一般的だが、この町にはなんと、東西南北それぞれ向かう方向別に4つもターミナルが設けられているのだ。

うーん、なんだかすごい。浦和の駅には負けるけどね。

今回やってきたのは、東方面バスターミナル。つまり僕らはこれから中米を東へ向かって進んでいく予定なのだ。

メキシコシティの北部にも広大なメキシコ領土が広がっていて、魅力的な町や名所がたくさんあるのだが、残された時間を考えると、やはり東へ進まざるをえなかった。

中米の旅の最終目的地である、ちょっと美味しそうな名前の国「ベリーズ」は、カリブ海に面したユカタン半島の付け根部分、つまりメキシコシティからひたすら東に進んだ突き当りにある国なのだ。

というわけで、ニョロニョロと北に行ったり西に行ったり南に行ったりするわけにもいかない僕らは、売店で買った昼飯のタコスを口の中にほおばりながら、メキシコシティの東に位置する町オアハカ行きの長距離バスにあわただしく乗り込んだのだった。

目が覚めると、そこはオアハカのバスターミナルだった。

どうやらひどく爆睡していたようだ。あまりに深く眠っていたせいで、ここがオアハカだという事実、そして時計の針が出発してから6時間以上も進んでいるという事実を俄かには信じられなかった。

昔、中二の頃に失神ゴッコをして気を失ったことがあるが(しかも倒れたときに頭を痛打した)、そのときと同じで、目が覚めたらなんだかよく理解できない状況に自分がいて、すごく不思議な感じがした。

嫁によると、気絶してるんじゃないかと思うほどグッスリ眠っていたとのことなので、もしかしたら本当に半分ぐらい気絶していたのかもしれない。

ちなみに、この爆睡の原因は明白で、昨晩の夜更かしのせいなのは間違いない。

昨日は日中かなり歩き回って疲れていたにもかかわらず、夜中、ペンションアミーゴのリーディングルーム(漫画部屋?)で行われていた麻雀の見学に夢中になってしまったのだ。

さらに「雀鬼流だね」とか呟きながら闘牌の様子を眺めていたら、途中からなぜか無性にエロ本を読みたくなってしまい、部屋の中に転がっていたエロ本鑑賞に没頭。明け方近くまでまさに精読してしまったのだった。

それにしても、「メキシコでエロ本読んで気絶」なんて中ニ以下だな・・・。

ちなみに中ニの失神のときは、教室の床の上で目覚めたときに、クラスの女の子の白いパンツが見えてちょっと得した気分になったけど、今回は目覚めたときに、隣のオッサンの左頬のホクロ毛(約5センチ)が目に入って、すげー損した気分になった。

とまあ、話が飛びまくってしまったけど、とりあえずオアハカに到着!

オアハカ州の州都オアハカは標高1,550メートルの盆地に広がる古都だ。

メキシコで初めて先住民族から大統領に選出された国民的英雄ベニート・フアレスにちなんで、「オアハカ・デ・フアレス」という名でも呼ばれているこの町(フアレスはオアハカ州出身)の最大の産業は観光業であり、コロニアル様式の歴史地区や郊外に広がる先住民たちの古代遺跡群は世界遺産にも指定されていて、国内・海外問わず数多くの観光客を惹きつけている。

そんな観光都市オアハカだが、ちょうど今の時期、7月下旬にこの町は一年で一番の盛り上がりをみせる。メキシコ最大のお祭りである「ゲラゲッツァ祭」がこの町で開催されるのだ。

でも僕らがこの町に来たのは、そのお祭りのためではなかった。

最大の目的は「食」。

そう、僕らはこの町の特産物として有名なチーズ、そしてチョコレートをモグモグ食べるためにここまでやってきたのだ。

移動中はいつもグッスリ眠っているうちの嫁だけど、今回はチョコレートのことが気になって興奮してバスの中で眠れなかったようで、僕の気絶状態を横目に見ながら、ヨダレをたらして妄想にふけっていたそうだ。

どんなチョコレートが食べられるのだろうか。すごく楽しみだ。

さて、まずはお決まりの宿探し。

「明日がお祭り本番なので、どこも満室かもなあ・・・」と若干不安になりながら宿探しをしたんだけど、意外とあっさり空き部屋のある宿を見つけることできた。

部屋の中に電源コンセントが無いのとゴキブリが何匹か床をはっているのが少々いただけないが、でも全体的にキレイで悪くない宿だ。

早速、荷物を部屋に置いて外出。

宿の近くにチョコレート屋っぽいのが何軒か並んでいたが、まずは町を散策することにした。

歩いてみると、オアハカは想像どおり、古い建物や教会が多く残る綺麗で風情のある町だった。

メキシコシティとは違って、規模の小さいこじんまりとした町だけど、歩いてるだけで気分が良くなるようなそんな町並みが広がっていて、古都のしみじみとした趣が町全体からにじみ出ているような感じがした。

ただそれだけではなく、お祭り前だからだと思うが、町全体がすごくにぎやかで、活気に満ちあふれていた。

町の中心の広場では、すでにイベントらしきものが開かれていて、休日の渋谷のハチ公前ぐらいの人だかりができていた。民族衣装らしきものを身にまとった人もいて、なんだかとても楽しげな雰囲気だ。

お祭りが目的でこの町に来たわけじゃないけど、でもこれだけ盛り上がってる町の様子を見ると、僕らもワクワクせずにはいられなかった。

やっぱりお祭りの雰囲気っていいですねえ。まだ前日ではありますが。

そんな感じで、1時間ほどで散歩終了。

まあお祭り当日でも観光はできるので、本格的な観光は明日にまわすとして、今日はこれでお開き。嫁も病み上がりでちょっと疲れてるみたいだし、カフェでマッタリ過ごすことにした。

カフェで注文したのは、もちろんホットチョコレート!

飲み物版のチョコレート、念願のチョコラテ・カリエンテだ。

細かな泡で表面が覆い包まれた上品なその飲み物を口に含むと、泡の下から独特のカカオの香りと濃厚な甘さがドドドドーとあふれてきて、口の中全体を喜びで満たしてくれた。

隣がチョコレートの町工場っぽいから、たぶん作りたてなんだろうと思う。本当に鼻血が出そうになるぐらいに美味しかった。嫁もとっても上機嫌。

まあちょっとコッテリしすぎてて、1杯で十分って感じではあったけどね。。

というわけで、とりあえずこれでこの町に来た目的はある程度達成。いやあ楽勝、楽勝~。

明日は、お祭りと観光、ノンビリ楽しみたいと思います。




2008年7月19日 の出来事

カラフルな一日 -メキシコシティ-

昨晩は遅くまで映画を観ていたにもかかわらず、今日はかなり朝早くに目が覚めた。

いつも朝は苦手なのに、今日は朝からすごく調子が良い。不思議なぐらいに元気がみなぎっている。

さすがはピラミッドパワー。

けど、嫁は今日も相変わらずグッタリ状態・・・。だいぶ回復してきたとはいえ、活発に外を出歩くにはまだまだ辛い状況みたいだ。

そんなわけで、またまたひとりで町を散策。

今日は全般的にカラフルなところを見て回ったので、写真や動画を多めにお送りしようと思います!


まず訪れたのは、静かな並木道に面した鮮やかなピンクの壁の建物。

この建物は、20世紀を代表する建築家、ルイス・バラガン設計によるヒラルディ邸。

僕は建築に関して造詣が深くないのであまり知らないんだけど、ルイス・バラガンは「静かなる革命家」とも呼ばれた天才建築家。Wikipediaによると、「彼の建築は内部空間の使い方や庭園に特色があり、伝統とモダニズム建築を融合させたそのスタイルは、他の建築家たちにも影響を及ぼした」とのこと。

で、このヒラルディ邸はバラガン最後の作品ってことで、すごく有名。シャープのAQUOSのCMにも登場したことがあるそうだ。

でも実際は、名前の通り普通の民家。

バルセロナで見学したガウディのカサ・バトリョみたいに、建物の中には普通に人が暮らしているみたいだ。

そのため内部を見学したい場合は、「ピンポーン♪」って感じで呼び鈴を鳴らして中の住人を呼び出し、「見学させてください」とお願いする必要がある。入場料を支払うと、住人が内部へ招き入れてくれるらしいのだ。

だけど、僕が訪問したときは住人は留守だったのか、呼び鈴に全く反応が無かった。

というわけで、ピンクの壁の向こうには行けず。。

うーん、あの神秘的な赤と青のプールのあるダイニングを見たかったんだけどなあ・・・。残念。

ちなみにヒラルディ邸の内部は3D化すると、↓こんな感じみたいです。

では次へ。

今度は先ほどとは打って変わって、地味な外観のこの建物。

なんと、これもルイス・バラガンの建築物!

しかも彼が後半生を過ごした自宅兼仕事場であります。

外観はちょっと控え目だけど、三階建てのコンクリートの内部には、光と色にあふれた独特のバラガン的空間が広がっているとのこと。

ちなみにこちら、世界遺産。

以前、旅先で会った人に「ぜひバラガン邸の内部を見学したほうがいい。きっと自分の中の建築観が変わるよ」と言われたことがある。

バラガン邸はその人にとっての金字塔だったようで、彼はものすごく熱心に口角泡を飛ばしながらその素晴らしさを力説してくれた。

その熱っぽさは、ドラクエⅣが発売された次の日に「やっぱドラクエおもしれー。オレ、もうトルネコの章まで進んだばい」と、まるで取りつかれたようにクマができた目で熱く語っていた僕の小学校のクラスメートH君を彷彿とさせるほどだった。

それほどまで絶賛される建物ならばぜひ内部も見学せねば!ということで今回訪れたこのバラガン邸。

しかし・・・

内部見学するには電話とかで事前に予約をする必要があったようで、もちろん予約などしてない僕は扉の奥に入ることができなかったのだった。

      :

「予約無しで買えるわけないだろ、人生そんなに甘くないよ」

1990年2月某日。寒空の下、小5の僕は店のオヤジにそんな言葉をかけられながら、ファミコン屋の前で立ち尽くしていた。

そう、ドラクエⅣの発売日、予約無しで買い求めに行った僕は、見事にファミコン屋のオヤジから冷酷な門前払いをくらっていたのだった(だからH君のトルネコの話が実はとてもうらやましかった)。

そのときに知った人生の厳しさ、そして予約の大切さ・・・。

しかしその教訓は、20年近くたった今日においてもまったく活かされていなかった。このメキシコの地で、僕はまた同じような過ちを犯し、扉の前で立ち尽くしていたのだった。

こんなときにアバカムが使えれば・・・、とまでは思わなかったけど、あらためて予約の大切さを思い知った、そんなバラガン邸だったのでありました。

世界遺産の番組で紹介されたときの冒頭部分がニコニコ動画にアップされてるみたいなので、興味のある方はどうぞ↓

しかし、2~3日でいいから住んでみたいな、こういうところに。


さて、続いては意味不明な黒服軍団。

100人ぐらいウォルマートの近くでたむろってました。

一瞬、週末の明治神宮前かと思ったけど、とりあえず意味不明だったし、黒服に関わるとロクなことが無いので、無視して通過。はい、さようなら。

黒服軍団にバイバイした後は、地下鉄とバスを乗り継いで、中心部からちょっと離れた場所にあるソチミルコ地区へと向かった。

メキシコシティは、今の姿からはとても想像できないが、かつては緑の野山に囲まれた大きな湖、テスココ湖に浮かぶ壮麗な湖上都市だったそうだ。

しかし16世紀前半、スペイン人侵略者たちによって湖は見事なまでに埋め立てられ、「テノチティトラン」と呼ばれていたその湖上都市は姿を消した。かわりにスペイン風の町並みが広がる現在のメキシコシティが形作られたのだった。

現在のメキシコシティには、テノチティトランの頃、アステカ時代の名残はほとんど見当たらないが、ここソチミルコには、その頃の面影が辛うじて残されている。

この地区には水の都の象徴である、巨大な水路群が広がっているのだ。

世界遺産ということもあって結構な観光名所になっているようで、週末ともなると観光客があふれ、その水路を小舟に乗って周遊したりしているそうだ。

というわけで、ソチミルコでバスを降りた僕は、路上の看板などを眺めながら、水路が広がってそうな方角に向かって足を進めていったのだった。

んで、20分ほど歩き続けてようやく水路に遭遇。

「水路」というと蘇州とかベネチアみたいに、詩とか絵画とかが似合いそうな、ちょっとアーティスティックで落ち着いた雰囲気のものを想像しそうだけど、ソチミルコの水路はそれらとは様子がかなり異なっていた。

ド派手な舟がたくさん並んでて、なんだかとっても陽気な雰囲気があふれていた。

この独特のデコレーションが施されたトラヒネラと呼ばれる舟は、舟乗りが竿を水路の底にさして、前後に進んだり方向を変えたりする人力船だ。

そういう意味では柳川下りと通ずる面もあるけど、その風情は見ての通りだいぶ異なる。

舟の外観だけでなく、水路全体にメキシコ的な賑やかさがあふれていて、周遊していると花屋の舟やタコス屋の舟などが近付いてきて商売をはじめたり、マリアッチ楽団がやってきて舟の上で楽しげな音楽を演奏しはじめたりするのだそうだ。

とにかく楽しげ。

けど、そんなことを書きながらも、結局僕は乗りませんでした、舟。というか、料金が高すぎて乗れず。。

貸切になっちゃうので、ひとりだと高くついちゃうんだよねえ・・・。

でもまあ、雰囲気だけでも楽しめたってことで満足。ソチミルコの観光もこれで終了~。

というわけで、本日の成績。

・ヒラルディ邸 → 入れず
・バラガン邸  → 入れず
・黒服軍団   → 逃げた
・ソチミルコ  → 舟乗らず

この結果だけ見ると、「1日何やってたの?」って感じだけど、意外と今日は満足のいく一日だった。なんだか充実していた。

建物の中に入らなくても、町の中にたくさん色彩があふれていたし、町行く人たちの様子も活気があって楽しげだった。

「タコス」、「遺跡」、「スペイン風」などといったキーワードとは異なるメキシコの魅力を、今日は単に歩いているだけで味わうことができたような気がする。


宿に戻ると、嫁が元気にピンピンしていた。今日一日寝てたら全快したようだ。

そして、「メキシコシティ飽きたから、早く次の町行こうよ」と言ってきた。

たぶん部屋の中にずっといて飽きたってことと、この町自体に飽きたってことがごっちゃになってるんじゃないかなと思ったけど、経験上「病み上がりの嫁は逆らうと危険」なので、素直に同意し、明日この町を出ることにした。

次なる目的地は、チョコレートとチーズで有名な町オアハカ。

とりあえず、またメキシコの新しい魅力を発見できそうで楽しみです。



2008年7月18日 の出来事

博物館とピラミッド -テオティワカン-

今日も嫁は調子が上がらないらしく、グッタリ状態。朝から虚ろな目をしてベッドの上で布団にくるまり、ひたすらボーッと天井を見上げていた。

・・・と思ったら、いつものように目を開けたまま寝てるだけだった。

まあ病院で薬も処方してもらったことだし、ゆっくり寝てれば治るでしょう。

ということで、嫁を起こすのもかわいそうなので(目は開いてるけど)、音を立てないようコソコソと身支度を整え、今日も僕は一人で外出したのだった。

あっ、ちなみに昨日は博物館に行ってきました。国立人類学博物館。

ラテンアメリカ最大の博物館で、マヤ、アステカをはじめとするメキシコの古代文明遺跡の出土品などが展示された博物館なんだけど、なかなか面白くて興味深いところだった。

等身大の類人猿レプリカがあったり、やたらと四角くて巨大な像(おちょぼ口)がドドーンと立ってたり、鎧みたいなの着てるくせにすげーマヌケな顔して体育座りしてる像があったり、チンコケース付けてる像と付けてない像が対になって置いてあったり、口の中からヒゲが生えてる(ゲロ吐き状態!?)みたいな巨大顔面像があったりと、もう個性的かつインパクト大な展示物があふれまくっていた。

もちろんメキシコ名物の、ガイコツドクロ軍団もたくさん。

ということで、パンチがあまりに効きすぎてて総括的な感想を述べるのがなんとも難しいんだけど、見学し終えてひとつだけ確信したことがあった。

それは「メキシコには宇宙人がいた」ってこと。これかなり確実。

じゃないと、あんなシュールで不思議な遺跡や遺物をつくれんだろ・・・。

とにかく濃厚な博物館だったので、矢追純一に親近感を覚えるという人、もしくは僕のように宇宙人から頭にチップを埋め込まれた夢を見たことがある人は、ぜひ行ってみることをオススメします。

本日は、テオティワカン見学。

テオティワカンは、昨日の人類博物館でも出土品やレプリカなどが展示されていた遺跡だ。メキシコシティからは50キロほど離れた場所にあるため、地下鉄とバスを乗り継いでそこへと向かった。

さて、「ピラミッドといえばエジプト」と考える人が世の中の大半だと思うが、じつは中南米のピラミッドもなかなか有名だ。というか、かなり有名だ。

手元にある歴史の教科書上でも、巻頭カラーでエジプトのではなくメキシコのピラミッドが紹介されているほどだ。

ただ、その建造物としての役割は両者で異なっており、見た目もだいぶ違う。

王墓としての役割を担っていたエジプトのピラミッドに対して、中南米のものは主に神殿として建造されており、そのため内部ではなく上部(神殿の本体)に重きを置いた構造となっている。

きちんとした階段があり、上までのぼることを前提としたつくりになっているのだ。その意味では、とても機能的な外観をそなえたピラミッドといえるかもしれない。

で、ここテオティワカン。

この遺跡は世界的な観光スポットとしてその名を響かせているわけだが、それはこの遺跡が擁する2つのピラミッドのおかげといっても過言ではない。

そのピラミッドの名は、「太陽のピラミッド」と「月のピラミッド」。

なんともドラクエ心をくすぐられずにはいられないネーミングだが、名前がカッコイイだけじゃなくスケールも相当デカくって、月のピラミッドは高さ46メートル、太陽のピラミッドにいたっては65メートル(上部の神殿本体を含めると74メートル)もの高さを誇っている。

65メートルというと岡本太郎の太陽の塔と同じぐらいの高さらしいが、幅が10倍ぐらい違うので、太陽の塔がズラーッと10本並んでる姿を想像してみると、もしかしたらピラミッドの大きさのイメージが湧くかもしれない(さらに奥行きも10倍違うので、100本並んでる姿を想像したほうがいいかも・・・)。

実際目の当たりにしてみると、やっぱりそいつらはすごく巨大だった。

遺跡内に入場すると、ピラミッドがデデーンと2つ、圧倒的な存在感で僕の目に飛び込んできたのだった。

炎天下の中、がんばって太陽のピラミッドと月のピラミッド、両方ともに上までのぼった。

かなり息切れしてしんどかったけど、上からの眺めはやっぱり素晴らしかった。

太陽のピラミッドはデカいだけあって、緑あふれる周辺の景色をかなり遠方まで見渡すことができて気分がよかった。

月のピラミッドの頂上からは、テオティワカンの美しい全景を見渡すことができた。

ピラミッドからまっすぐ伸びる大通り(死者の道)、そしてその脇に建ち並ぶ数多くの神殿群、美しいレリーフで覆われた神官の宮殿、それらはものすごく整然としており秩序だっていた。

その眺めは、かつてこの地で栄えた都市国家テオティワカンに暮らしていた20万もの人々の生活の中心に、神への深い信仰、そして神に対する深遠な畏敬の念があったのだということを十ニ分に伝えてくれた。

「テオティワカン」という言葉には「神々の都市」という意味があるそうだが、それも納得の、とても崇高で神々しい眺めだった。

そんな感じで2~3時間ほど遺跡内を見学し、十分満喫した後、またバスと地下鉄を乗り継ぎ宿へと戻った。

部屋に入ると、朝と同じく嫁が目を開けた状態でベッドの上に横たわっていたので、「また目を開けて寝てるな!」と思ったら、普通に起きていたのでビックリした。

どうやらだいぶ体の調子も戻ってきたらしい。よかったよかった。

明日は一緒に出かけられるといいけど。

というわけで、今日は結構歩き疲れたけど、ラーメンマン仕込みのピラミッドパワーですぐに体力も回復すると思うので、明日も引き続き、メキシコシティを激しく歩き回ろうと思います!




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