2007年10月29日 の出来事 |
ガンガーの夜明けとインド式数学 -バラナシ-
バラナシ生活4日目。今日は早朝5時に起床。
ガンガーから昇る朝日を見るため、こんな時間に早起きしたのだ。
眠い目をこすりながら、急いでメインガートのほうへと向かう。
インドとは言えこの時間帯はさすがに寒い。
上着を取りに戻ろうかと思ったが、メインガートにあふれてる人々を見てたら、その間に朝日が昇ってしまうかも、と不安になり取りに戻るのをやめた。

そこらへんにいたボート漕ぎと交渉し、1時間110ルピー(約330円)でボートに乗ることにした。二人で貸切だ。もちろん漕ぎ手付き。
この値段、インドの価格感覚からすると少し高いのかもしれないけど、その昔、ヴェネツィアでゴンドラに乗ろうとしたら100ユーロだと言われたことがある。
当時のレートで考えても、このボートの40倍ぐらい。あまりの高さに「一緒にシェアしませんか」と、近くにいた日本人のオバサン(推定50歳)に声をかけたのだが、怪しい客引きだと思われて、嫌な顔して無言で立ち去られた苦い記憶がある…。
そう考えると安いもんだと思い、ニコヤカにボートに乗り込む。
ボートに乗って10分ほど経った頃、うっすらと周囲が明るくなりだした。少し陽が昇ってきたようだ。
七年前にもボートに乗ったので、これで二回目になるのだが、いやしかし、ガンガーの流れに揺られながら眺めるガートの様子は、今回もまったく色あせることなく僕の目に入ってきた。
ガンガーで沐浴する人々、ガンガーに花を流す人々、熱心に祈りを捧げる人々…。
そんな光景を見ていたら、この茶色く濁った河が、とても神聖なものに感じずにはいられなかった。


その後しばらく乗っていたら、太陽がその形をはっきりと東の地平線にあらわし始めた。
ガンガーと地平線と太陽。これまた神秘的な光景で素晴らしい。
年老いた敬虔なヒンドゥー教徒たちは、インド各地からここバラナシに集まってくるという。ここで死を迎えるために。
彼らの願いは荼毘にふされ、その灰は聖なるガンガーに流される。
ガンガー沿いには年老いた物乞いみたいな人も見かけるが、彼らは自分を燃やすための薪代を人々に募っているのだという。
日本とは明らかに異なる宗教観、死生観。
だけどこの光景を見ていたら、頭で考えるよりももっとすんなりと、そうした観念が体の中に入ってきそうな、そんな感じがした。

1時間後、ボートを降りる。
いやあ満足、満足、と気持ちよく漕ぎ手にお金を渡そうと思ったら1,000ルピー札しか手元に無いことに気付いた。
インドではとても嫌がられる大型紙幣。だいたい「お釣りが無い」と言って突き返されるのだが、今回も案の定、「お釣りが無い」といって突き返された。
そんなこと言われてもこれしか無いんだけど、と思ったが、漕ぎ手のほうも本当にお釣りが無いらしく困った顔をしている。
すると、なんか怪しいインド人のオッサンが近寄ってきてうちらに声をかけてきた。
「1,000ルピー札を小銭に両替してやろう、その代わり10ルピー払え」と言っている。
ただで両替してくれよ、と頼んだが、「これがインディアン・スタンダードだよ」とでも言わんばかりに、そのオヤジはフッと笑みを浮かべて首を横に振るだけだった…。
周りを見回しても1,000ルピー札が使えそうな店が見当たらないので、しょうがなく10ルピー払って両替。
う~む、無駄金を使う羽目になったが、まあボートで満足したからいいや。忘れよう。。
その後、チャイを飲んで体を温めたあと、宿へ戻ってしばらくゆっくり。
昼頃になって腹が減ったため、カツカレーが美味いと評判の「しゃん亭」というお店へ行く。
ナゼか若い日本人女性が店員をやっているこの「しゃん亭」。カツカレーは評判通り、なかなかの美味。肉は薄くて固いけど、サクサク感が結構いい感じでした。

この店はインドでは珍しく無線LANも使えるようだし(有料だけど)、今度パソコン持ってここでゆっくりすることにしよう。
さて食後、久しぶりにバックアップのCD-Rを日本に送ろうと思い(土産物もいくつか買ったやつを送りたかったので)、郵便局へ行くことにした。
嫁には、姐さんと一緒に次の目的地カジュラホ行きの切符を買うようにたのんでいるので、一人での単独行動。
まずは、ダメモトで宿の近くの小さな郵便局へ行ってみる。
が、やはり国際郵便は扱ってないとのこと。まあこんな郵便局じゃ当然扱ってないよね。。

というわけで、大きな郵便局へ向かうことにした。
その郵便局までは歩けないほどの距離ではないのだが、今日は早起きしてがんばったので、贅沢してサイクルリクシャーに乗っていくことにした。
サイクルリクシャーで、ヨタヨタしながら進むこと20分、郵便局に到着。
中に入り、国際郵便はどこで扱ってるのだろうと、窓口をキョロキョロ探してると、怪しい顔をしたインド人のオッサン(以下、オッサンAと記述)が話しかけてきた。
郵便物を送る際はまずパッキングしないとダメなのだが、局内ではパッキングをやってないので、外でやってこいとのこと。
「私は局内の外国人サポート担当だから私を信用してください」と言うオッサンAの顔は怪しかったが、まあ言われたとおりパッキング屋を探しに、郵便局を出て左側の道を進んでいった。
が、300メートルぐらい歩いても、それらしき店が見当たらない。
だいたいインドのパッキング屋ってどんなんだろ、一体?
やっぱりオッサンAの言っていたことがデマカセだったのではないかと思い、郵便局へ戻る。
普通に考えたら、郵便局内でパッキングぐらいしてくれるよな、という考えの元、郵便局の窓口で本当の局員と思われる人に聞いてみた。
が、やはり「外でパッキングして来い」と言われる。んんん・・・。
再び外へ出て探す。
オッサンB、C、D、E、Fと5人ぐらいのインド人に道を尋ねるが、言われたとおりに道を進んでも、パッキング屋は見つからない。
そもそも5人とも言ってることがバラバラなのだから見つかるはずもない。もし見つかったら、それは単に運が良かったというだけだ。
そんなことを考えながら、虚ろな目をして郵便局前の通りを4往復ぐらいした頃、懲りずにそこらへんにいたオッサンGに聞いてみると、「うちの店でやってやるよ」との返事がかえってきた。
お~、たしかによく見ると、オッサンGの店には布とミシンが置いてある。なるほど、この布で巻いてパッキングするわけね。
見事な手さばきでミシンを縫うオッサンH(Gの家族と思われる)。

3分ほどで出来上がり。
はじめに交渉して決めていた15ルピーという代金を支払うため、財布にあった20ルピー札を差し出し、お釣りを待つ。
と、なぜか逆に手を差し出すオッサンG。
「フィフティーンじゃなくて、フィフティと言ったはずだ。だからあと30払え!」
と言っている。
アホか。だいたい最初に30ルピーって言われた言い値を、交渉して5ルピーずつ下げ、最終的に15ルピーまで落としたのだ。30から始まったのに50に上がるわけないだろ!
とオッサンGに言うと、僕のメモ帳に何やらわけのわからん数式をスラスラと書き出した。
(65-25)-5+15=50
「だから50ルピーだ!」と悪びれずに断言するオッサンG。
意味不明。
だいたい65なんて数字は一回も聞いていないし・・・。
これがインド式数学というものだろうか。。
10分ほど言い合って、やっと「じゃあ、20ルピーにしといてやるよ」ということになった。
くやしいけど、いいやもう。。
布に包まれて、なんかパン生地みたいな感じになった郵便物を持って郵便局へと戻る。

すると、はじめに会ったオッサンAがいた。
僕のために色々テキパキと窓口の人とやりとりしてくれるオッサンA。
お~、もしかしたら本当にいい人かも、と思ってたら、帰り際に「オレにサービス代を払え」と言ってきた。
やっぱりそうか・・・。
かなりしつこかったが、完全無視して宿へと向かった。
それにしても郵便物を送るだけなのに、これだけ骨が折れるとは。。
重い足を引きずって宿に戻る。
嫁のほうは、無事に明後日の切符が買えたようだ。よかった。
いつものように久美子飯を食った後、すぐにベッドに入って爆睡。
やっぱりインドはなかなか疲れるもんだなあ・・・。

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