2007年12月06日 の出来事 |
自治区へ入る -テル・アビブ→エルサレム⇔ベツレヘム-
なんだか最近活発に動いている我々夫婦、今日はエルサレムに戻って、そこからベツレヘムへ行くつもりだ。
まずは昨日と逆のルートで移動。またバスの車内で銃を突きつけられながらテル・アビブからエルサレムへと戻る。
で、一昨日まで泊まっていた宿の隣の宿にチェックインする。
エルサレムには、有名な安宿が2件ある。というか、この2件ぐらいしか安宿が無いのかもしれない。
1件はパームホステル、もう1件はファイサルユースホステルという。
両方ともコーヒー・紅茶飲み放題、パソコン使用可、無線LANも可。ドミトリーしかないが、どっちも同じぐらいの値段で、しかも夕食付きで800円ほどなのだから、物価の高いイスラエルでは大変ありがたい存在だ。
なぜか隣同士にあるこの2つの宿だが、両方共にバックパッカーたちが集う宿であることはたしかだ。日本人旅行者も数多く見かける。

今日はファイサルのほうに泊まる。聞くところではパームよりも夕食が豪華らしいので楽しみだ。
荷物を置いて、ベツレヘム行きの小さなバスに乗り込む。
イエス・キリスト生誕の地として有名なベツレヘムは、エルサレムから南約9キロの場所に位置し、ヨルダン川西岸地区のパレスチナ自治区内にある。
いよいよ、パレスチナ自治区・・・。
この中東に来るまでは、そんなに関心を持って考えていなかった、パレスチナ自治区の問題。
だが、中東に入って、いろんな人の話を聞いたり、本を読んだりしてるうちに、なんとなくその実像が見えてきた。とともに深まってきた「イスラエルってエグい・・・」という思い。
バスに揺られて30分もたたないうちに、そのエグさの象徴でもある分離壁が見えてきた。
うわ・・・。
何とも言葉にならない・・・。とりあえずバスを降りて、壁のゲートへと向かう。

ゲート内には、壁の向こう側へ戻ろうとするパレスチナ人たちが列をなしていた。
ゲートで管理官をしているのは若いイスラエル女性兵士だ。
相変わらずのキツイ表情と厳しい口調で、ゲートを通ろうとするパレスチナ人たちの荷物検査やIDカードのチェックを行っていた。
何か第二次大戦中のフィルムや映画の中で出てきそうな光景だった。
自分達の土地に勝手に壁が建設され、その壁のせいで自由な移動もできなくなってしまったパレスチナの人々は、こんな面倒なチェックを受けながらどんな思いを抱いているのだろう・・・。
今でも壁の向こうでは、多くのパレスチナ人がイスラエル兵によって、毎日のように殺されているという。
自治区へ急いで向かっている救急車を嫌がらせ的にゲートでストップさせたり、ゲートを通って病院へ急いで向かおうとする妊婦やケガ人に対して数時間にわたる執拗な検問を行ったり、自治区内の町を攻撃した証拠を隠滅するためにブルドーザーで町自体を押しつぶしたりとか、イスラエルってやってることが本当にエグい。
無機質な灰色の壁には、「PEACE WITH YOU」と書かれた大きなポスターがかけられていたが、あまりの白々しさに言葉が出なかった。
ゲートをくぐって自治区内へと入り、アザーンの響く中、自治区側の壁沿いを歩く。
自治区側の壁はラクガキだらけだった。
書いてある文字は解読不能なものも多かったが、山手線から見えるようなラクガキなどとは比べ物にならないほど、物凄くリアルなメッセージが伝わってくるようだった。
さらに足を進めていくと、アーティスティックなイラストがたくさん目に入ってきた。
緑の顔をして首から血を流す人、黒い動物の足をのぼってどこかへ行こうとしている多くの人々、鼻がロケット弾のようになってしまったピノキオ・・・。
そうしたものが壁にたくさん描かれていた。
生誕教会の近くでアートギャラリーを開いている集団がいると聞いていたが、もしかしたら彼らの作品かもしれない。

とりあえず生誕教会へと向かう。
パレスチナ自治区の中は、壁の向こう側とは異なり、人影もまばらでひっそりと静まり返っていた。テル・アビブのあの華やかさとは比べようもないほどの寂しさだ。
そんな中を息を切らせながら30分ほど歩き、ようやく生誕教会へ着いた頃にはもうだいぶ日が落ちてきた頃だった。
イエスが生まれたという場所に建てられたこの生誕教会、思ってたよりも質素な感じだったが、それが逆にいい雰囲気を醸し出していてよかった。
シャカの生まれたルンビニもそうだったが、聖人の生まれた地というのは、こういう落ち着いた感じのほうが似合うのかもしれない。

探していたアートギャラリーが教会のすぐ近くにあったので、中に入ってみた。
ギャラリーの中には、かなりメッセージ性の強い絵画やオブジェがかざられていた。作風からみて、さっき壁に描かれていたのは彼らの絵だということがわかった。
UFOの中から町を見下ろすイエス・キリスト、岩が当たって鮮血を流しながら死んでしまった天使、パレスチナ関連の新聞記事をつなぎあわせて作られた1ドル札・・・、などなどとても興味深い作品ばかりだった。

日が暮れてからしばらくしてエルサレムへと戻った。夕食はやはり隣のパームホステルよりも美味しくて豪華だった。

comments