2008年1月22日 の出来事 |
ナイルの西側観光 -ルクソール-
「エジプトはナイルの賜物」と言われる。
世界最長の川、ナイル川。
太古の昔から毎年定期的に氾濫を起こしてきたこの川は、南方にあるエチオピアやウガンダから大量の泥土を流し込み、肥沃で新たな土壌をエジプトへともたらした。
これにより、農業に適した非常に豊かな農耕社会がここに築かれ、大規模な治水と灌漑事業の必要性から、古代エジプトの統一国家成立が促されたといわれている。

カイロでもナイル川の姿は何回か目にした。
が、カイロで見たその流れは、なにか手の届かない得体の知れない大きな怪物のように思えた。
褐色の大都会をゆっくりと流れる巨大な川は、まるでそこに踏み込もうとする何者をも飲み込んでしまいそうな、そんな近寄りがたさをプ~ンと醸しだしていたのだった。
西側の遺跡群を観光するため、ルクソールのナイル河岸の船着場へと到着した我々。
目の前を流れる大きな川を見渡してみてまず感じたのは、「カイロのナイル川とは全然違うな」という印象だった。
太陽の光に照らされてキラキラと青く輝くルクソールのナイルは、人々の生活と密接に結びついた、とても優しく温かな流れのように思えた。
水の色の違いがそうさせるのか、それとも街の風景の違いがそうさせるのかはわからないが、「エジプトはナイルの賜物」という言葉が素直に頭に浮かんでくるような、豊かさにあふれた母なる川のように目に映ったのだった。

そんなナイル川の船着場から、いかにもアラブって感じのする現地の人たちと一緒に船に乗り込み、遺跡のある西側へと渡る。
ほんとは早朝に出発して、一日かけて広い遺跡群をゆったりと見て周るつもりだったのだが、今日は起きたのが11時頃。
「明日また出直したほうがいいかな」とも思ったが、「明日もまた寝坊するかも」という気もしたので、結局、本日決行ということとなったのでありました。

船はすぐに対岸へと到着。
西側には、ほんとに乾いた感じ満点のイメージ通りの寂しい大地が広がっていた。
さて、遺跡観光開始~!
まずはハトシェプスト女王葬祭殿へ。
古代エジプト唯一の女性ファラオとして名高いハトシェプストが造営した葬祭殿。
10年ほど前にイスラム原理主義者による外国人観光客への無差別テロ事件(日本人も10名死亡)がここで発生したそうだが、そんな出来事を感じさせないような、意外とキレイでツヤツヤな遺跡でした。補修されたんかな?

続いて王家の谷へ。
古代エジプトの新王国時代の王たちの墓が集中していることから、この名がついたといわれるこの王家の谷。
道に迷ってヘトヘトになりながら、やっとのことで到着したこの場所の第一印象は「名前はかっこいいけど、ただの谷じゃん・・・」って感じだった。
緑のまったく無い乾いた大地に、やたらと観光客があふれてるだけで、なんとも風情がない。。
谷自体よりも、地中に掘られた墓がメインだからしょうがないけど。

でも、その地中に掘られた洞穴のような墓の中には、色鮮やかな細かい壁画とかがたくさんあって、なかなかすごかった。
博物館とか教科書とかに出てきそうな感じのやつが、普通に壁に描かれてました。
で、あのツタンカーメンの墓にも潜入!
入場料別途だった(しかも高かった!)ため入ろうか迷ったけど、「最近アイスクリーム食べてないんだから、ツタンカーメン見ようよ~」という嫁の意味不明な誘いに乗って、墓に入ることに。
かなり小規模な墓だったけど、ツタンカーメンのミイラ見れました!
まあ予想通り、小さくて黒いヤツって感じでした、はい。
写真撮影禁止だったので、墓内部と黒いヤツの様子は、下のyoutube動画を観てご想像ください。
そんなわけで、遺跡観光終了~。
もうちょっと見所はありそうだったけど、もう歩きすぎて足がパンパンで挫折。。
夕陽で真っ赤に染まるナイルの様子を眺めながら、ぐったりとした体を引きずって帰路へとついたのでした。
いやあ、遺跡観光は疲れるね・・・。

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