2008年2月17日 の出来事 |
不条理バス(1) -ジンカ→コンソ-
「誰だよ・・・。バスの中にニワトリ持ち込んだの・・・。」
ジンカ発コンソ行きのバスの中。
まだ出発する気配を見せない静かなバスの車内に、「コーケコッコー!」というけたたましい鳴き声がシュールに響き渡る。
乗客のうちの1人が、なぜかバスの中にニワトリを持ち込み、それを荷棚の上に載せていたのだった。
ビニール袋の中からチョコンと突き出した数匹のニワトリの顔が、薄暗い車内に浮かび上がって見える。
眠い目をこすりながら時計をのぞきこむと、午前5時過ぎを示していた。
そりゃニワトリも鳴くわ。朝だもん・・・。

「あっ、ジャージ忘れた!」
宿の部屋にジャージを置き忘れてきてしまったことを、ニワトリの鳴き声を聞いて、なぜかふと思い出した。
中国で購入し、なかなか気に入ってよく着ていたジャージだったのだが、先ほど、停電中の部屋の中でロウソクの火をたよりに荷物のパッキングをしていた際、バックパックの中に入れるのを忘れてしまっていたのだった。
しかし、今から宿に取りに戻ったら、その間にバスが出発してしまうかもしれないので、残念ながらジャージのことはあきらめるより他なかった。
バスは1日1便だから、これを逃してしまうと、また明日この時間に来なければいけなくなるのだ。

(↑忘れたジャージ着用時の写真)
しかし、たとえジャージを取りに行って、出発前に間に合ったとしても、せっかく確保したこの座席が、立ち乗りしている他の乗客に取られてしまうのは確実だった。
今回確保した席は、最後部の5人掛けシートのうちの2席。そこに夫婦2人隣同士で座っている。
バス自体が小さいせいか、かなりギュウギュウの席で、5人が座ると指一本入るスペースも無くなるぐらい、ものすごく狭かった。
座席のクッションも全く機能しておらず、金属の冷たい感触がお尻から直に伝わってくるようなボロボロのバス。おまけに揺れがひどい最後部の座席だ。
それでも席に座れただけ、まだマシだった。
僕らが乗った後も、バスの中に入ってくる乗客は増え続け、車内は立ち乗り客で一杯になってしまったのだ。コンソまでは5時間ほどかかるそうなので、立ち乗りにならなかっただけでも良かったというものだ。
:
さっき、その立ち乗り客の1人のオバチャンと口論になった。
そのオバチャンは、こともあろうに僕らがギュウギュウになって座っている5人掛けのシートに、6人目としてムリヤリ座ってきたのだ!
正確に言うと、座ってきたというよりも、半分のケツを嫁の右太ももの上に、もう半分のケツを僕の左太ももの上にのせ、ドッシリと僕らの上に腰を下ろしてきたのだった。
しかも、遠慮がちな素振りは全くなく、思いっきりその全体重を僕らに預けてきたのだった。なんじゃ、そりゃ。
もちろん抗議した。
最初は英語(どうせ通じないのに)で文句を言っていたのだが、全く意に介さないようなそのオバチャンの態度に腹が立ち、眠くて元々不機嫌だったせいもあって、途中から日本語でメチャクチャに怒鳴り始めた。
普段は怒鳴ることなどほとんどないのだが、このときはもう腹が立ってしょうがなかった。
誰だって、太ももの上に無断でケツを乗せられたら怒るのは当然だろう(もちろんそれがセクシーな娘だったらウェルカムだけど)。
しばらくすると、見かねたバスのドライバーが、仲裁するため僕らの元に近寄ってきた。
「ドライバー、なんか言ってくれよ、このオバチャンに!」
目の前までやってきたドライバーに僕がそう語りかけると、彼は厳しい口調で一言こう告げた。
「ゲット・オフ!」 (降りろ)
そうだそうだ!と思ったのもつかの間、そのドライバーの視線が、オバチャンではなく、僕のほうに向けられているのに気付いた。
えっ、オレ!?
言うまでも無く、僕はカミュでもサルトルでもないし、キルケゴールでもセリーヌでもないのだが、「不条理」という言葉がこれほどまでに脳内からあふれ出てきた瞬間はなかった。
こんなとき、人間は弱くなるもので、荒野に1人で放たれた幼い子供のように、僕は周囲をキョロキョロしながらたじろいでしまった。
オロオロ・・・。
ここからつまみ出されるのだろうかと思ったが、しかしドライバーはそういう強制執行をするわけでもなく、ただ降りろと告げただけで、運転席のほうへと戻っていった。
よかった、よかった。
調子を取り戻した僕は、ドライバーが去った後も、懲りずにさらに数分間オバチャンと戦闘を続けた。
そして、なんとかオバチャンの魔のケツを払いのけ、無事に太ももの上のスペースを確保したのでした。
あ~、よかった。ホッとした。唇に穴があくかと思った。

というわけで、ジャージをあきらめた我々だったのですが、バスはなかなか出発せず、ようやく動き始めたのは6時半ぐらいになってから。
ニワトリの鳴き声のせいで眠るに眠れず、なんでか知らんけど、車内で1時間半ほど待たされた末の出発だった。
「5時の時点で満席なんだから、もっと早く出発すればいいのに・・・」
隣でボヤく嫁。全く同意見なので、あいづちを打つ以外、返す言葉がなかなか見つからない。
「それもこれも、太陽のせいだ!」
不条理だと思いつつ適当にそんな言葉を返すと、嫁は「ふ~ん、そうかもね」と妙に納得した素振りを見せたのだった。
車内では、エンジンの音に驚いたニワトリたちが一斉に鳴き声をあげ始めた。
(・・・次回へ続く)
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