2008年4月14日 の出来事 |
ザクロの町へ -アルヘシラス→グラナダ-
晴れ渡った麗らかな空の下を、バスは何度も何度も停車しながら、ゆっくりとグラナダへ向かって走っていく。
今日は本当は、早朝発のグラナダ行き直行バスに乗るつもりだったのだが、寝坊してしまい、こんな各駅停車みたいなバスに乗ることになってしまった。
でも、車窓に広がるスペインの美しい風景は、そんな各駅な移動も全く苦にさせないほど、とても優雅で麗しいものだった。

昨日までいたモロッコとは、やはり景色が全く違う。
赤屋根の家屋や教会など、ヨーロッパ的建造物がたくさん目に入ってくるというのももちろんそうなのだが、その空気の感触などが全然異なっており、目の前に広がる風景がものすごく鮮明に映るし、印象的に映る。
太陽の恵みを一杯に受けた大地には緑があふれ、空は青く澄み渡り、大気はとてもカラッとしていた。ときおり窓の外に姿をあらわす美しい地中海は、キラキラと優美に照り輝きながら、海沿いの町に穏やかに波を打ち寄せていた。
まだスペインに入って2日目だが、車窓の景色を眺めながら、この国はすごく「気持ちが良い」国だなとしみじみ感じた。
「太陽の国」とも言われるスペインだが、その理由がすごくわかるような気がした。

バスは定刻通り16時ぐらいに、グラナダのバスターミナルへと到着した。
このグラナダの町に来た目的は、もちろんあのイスラム建築最高峰と謳われるアルハンブラ宮殿を見るためだ。
「ピレネーを越えると、そこはアフリカだった」
かつてナポレオンは、フランスからピレネー山脈を越えてスペイン征服に向かった際、そのような言葉を残したと言われている。
8世紀、イスラムという宗教・文化を携えてイベリア半島にやってきた砂漠の民は、キリスト教徒によるレコンキスタ(国土回復運動)によって排除されるまで、800年もの長きに渡ってこの地に根を下ろし、多大な影響力を及ぼし続けてきた。
ヨーロッパにありながら、イベリア半島は長い間、間違いなくイスラム世界の一部であったのだ。
グラナダは、そんなイベリア半島におけるイスラム文化の中心地として栄華を誇った古都だ。
キリスト教徒の侵攻に備えてこの町に築かれた、「赤い城」と呼ばれるアルハンブラ宮殿は、まさにそのイスラム文化の結晶。
特徴的なアラベスク模様、細密な装飾が施されたこの宮殿の比類なき美しさは、現在においても世界中の多くの人々を魅了し続けており、そして僕らもその名声に惹きつけられて、この町にやってきたのだった。

グラナダは、町自体も実際とても美しかった。
バスターミナルから宿へ向かう途中、ついついその美しい町並みに目を奪われてしまった。
久しぶりのヨーロッパだからかもしれないが、アラビア語で「ザクロ」を意味するグラナダの町並みはとても情緒深く、なんとも洗練された上品な雰囲気が町中いっぱいに漂っていた。

もしバックパックを背負ってなかったら、そのまま1時間ぐらいボーッとそぞろ歩きを続けてしまいそうだなあと思いながら、路地の奥まったところにある目的の宿を見つけ出して、チェックイン。
やはり宿代は高いが、清潔だし、設備もしっかりしているし、ネットも使えるし、ほぼ完璧に近い宿だ。屋上からグラナダの町並みが一望できるのも素晴らしい。
外はサマータイムなんて必要無いんじゃないかと思うほど、夜になっても全然明るかったけど、あまりに宿の居心地が良いので、町の散策は明日に回して、今日は外に出ずに宿にこもることに決定。
自炊して美味しい夕食を食べた後、僕はネット、嫁はDS三昧。
なんだかんだ言っても、やっぱりうちらにとっては、花より団子&電脳なようです・・・。

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