2008年5月 9日 の出来事 |
南米のパリの旅館 -ブエノスアイレス-
プエルト・イグアス発の夜行バスは、ものすごーーく快適だった。
当たり前のように180度近く後ろに倒せるフカフカフワフワの座席は、寝心地抜群。もちろんブランケットも付いていたので寒くもなく、安宿の硬いベッドの上よりも全然気持ちよくグッスリ寝ることができた。
そして、夜と朝それぞれで食事まで出てきた。
肉中心でボリューム満点の食事はとっても美味しくて、ワインとかウィスキーとかのお酒まで無料で飲むことができた。
しかも飲み終えると、乗務員が「おかわりいかがですか?」と言いながらワインボトル片手にわざわざ座席まで注ぎにきてくれたのだった。
なんという贅沢さ!
うーん、こんなバスだったら毎日でも乗りたいねえ。

まあそんな感じで17時間の快適な移動を経て、お昼ぐらいにバスは大都会の巨大なバスターミナルへと到着した。
言わずと知れたアルゼンチンの首都にして、人口300万人を誇る南米有数の世界都市、ブエノスアイレスに僕らはたどりついたのだった。
ブエノスアイレス。
僕はこの町に関して、ここに到着するまでほとんど予備知識というものを持ち合わせていなかった。
10年ぐらい前に観たウォン・カーウァイの映画のタイトルが『ブエノスアイレス』だったなとか、数年前に横尾忠則が僕の故郷熊本のことを「ブエノスアイレスのようだね」と言ったとか言わなかったとか、それぐらいの刷り込みしか無く、僕の頭の中にはこの町に対する具体的なイメージがほとんど形作られていなかった。
まあちょっとコギレイな都会なんだろなってほどにしか思っていなかった。
が、バックパックを背負ってバスターミナルから外に出てみると、目の前に広がる光景にちょっと驚いてしまった。
もう町並みがヨーロッパそのものなのだ!
道の両脇にはヨーロッパで見たような風格のある味わい深い建物が立ち並び、街路樹とカフェが似合う垢抜けた通りには、マラドーナ的な顔つきをした人よりも、白人に近い顔貌をした人のほうがより多くあふれていた。

この町は「南米のパリ」とも呼ばれているそうだ。
実際ここには、美しく洗練されたスマートでオシャレな雰囲気があふれまくっていて、それはかなり納得のネーミングだった。まあパリには行ったことないけどね。
というわけで、僕のヒヨワな予備知識の中のイメージとは全く違って、ブエノスアイレスはビックリするほどにヨーロピアンな町だったわけです。
まるで、神社の境内の奥で、壁に架けられた十字架を見てしまったときみたいに、この特異な町並みを見て軽い衝撃を感じてしまったのだった。
そもそも、アルゼンチンは「白人国家」と言ってもいいぐらいな国らしく、じつに住民の85%が白人系で占められてるそうなのだ。
しかし、この大陸の歴史を冷静に考えると、恐ろしく罪な国だな・・・。

この町では「上野山荘別館」という日本人宿に泊まろうと思っていた。
まだ営業を始めてから間もない宿みたいなのだが、町の中心部に近くてとても便利だし、設備も充実していてキレイなようで、色んな旅行者から良い評判を聞いていたのだ。
ちなみに上野山荘の本館は、南米大陸最南端の町ウシュアイアにあるらしい。そちらもすごく居心地が良いそうで、なんと五右衛門風呂にまで入れるそうな。
でまあ、この上野山荘別館に僕らは向かったわけなのだが、残念ながら本日は満室、満ベッド。。
評判通りとても雰囲気の良さそうな宿だったが、やっぱり人気が高いようで、最近はもうフル状態が続いてるみたいだった。

この別館には、イグアス移住区のペンション園田で一緒に卓球をやったヨリミチ君もいた。
おー久しぶりっ!と声をかけると、彼は笑顔で僕らにこう語りかけてきた。
「これから日本旅館に行くんですが、一緒に行きませんか?」
ブエノスアイレスには、この上野山荘別館だけではなく「日本旅館」という日本人宿もある。
というかそっちのほうが有名だ。
シンプルすぎるネーミングもさることながら、この日本旅館にはものすごい数の日本語書籍(漫画、雑誌、小説等々)が置いてあり、もちろんテレビはNHK受信可、日本のDVDも大量に置いてあって、麻雀卓まであるという、もうゆったり、たっぷり、の~んびりな日本人長期旅行者には至れり尽くせりな宿なのであります。
かつては「世界一の日本人宿」という評判まであったらしい。
というわけで、マージャンを打ちに行くというヨリミチ君に同行して、僕らも市バス50番に乗って日本旅館へと向かったのだった。

30分ほど揺られていると、バスはアベニーダ・コボという通りを走り始めた。
窓の外に目を凝らし、看板や表札を注意深く確認しながら、このアベニーダ・コボの1600番地の手前で慎重に降車ブザーを鳴らす。
実はこの付近は治安があまりよろしくないらしく、間違って1つ先の停留所で降りてしまおうものなら、ブエノスアイレスの中で最も危険な地域と言われているボリビア人街、犯罪発生率100%と言われるそのスラムに迷い込んでしまうのだ。
アベニーダ・コボの1600番地の停留所に問題なく降りることができた僕らは、ヒッソリと静まり返った人影の少ない通りをちょこっと歩き進み、玄関のドアののぞき穴の下に小さく「日本旅館」という紙が貼られたその宿に、無事到着することができたのだった。

日本旅館は、思っていた通りというか何というか、居心地の良さそうな雰囲気と、良い意味での退廃的な雰囲気とが入り混じったような、そんな空気の漂う宿だった。
とりあえずキレイではないし、立地も良くはないけど、ユックリしようと思えばいくらでもユックリできそうな感じがした。
米や納豆などちょっとした日本食材も手に入れることができるし、調理器具の充実したキッチンは2つもあって、海外では滅多にお目にかかることのできない炊飯器もたくさん置いてあった。
食事と娯楽には事欠かない宿なことは間違いなかった。
それとともに、ドップリ浸かってしまうと抜け出せなくなってしまうような、そんなちょっと危ない沈没宿の風格もフワフワと漂っていた。

実際泊まってる(住んでる)人の多くが数ヶ月以上の長期宿泊者で、中には3年ぐらいこの宿で暮らしてる人もいるようだった。ドミトリーの部屋の中も、長期宿泊者の私物であふれかえっていた。
宿側もそれを見越して、「90泊以上の場合は1泊15ペソ」という、ウソみたいな長期宿泊割引価格を用意していた。
そうした長期滞在者はほぼ外出することなく、日がな一日、宿の中でテレビやDVDを観たり、マンガ読んだり、飯作ったり、将棋やったり、マージャンやったりしながら、ノンビリとした時間を過ごしているようだったが、それはそれで学生寮みたいな感じで楽しそうだった。
カイロの安宿ビルにあるサファリホテルには、階段を6階まで上がり下がりするのが面倒なために、外界と隔絶した生活を送ってる日本人がたくさん生息していたが、それを思い起こさせるような優雅な引きこもり生活が、このブエノスアイレスの旅館でも展開されているのだった。
外に出たら危ないし、町の中心部までも結構遠いわけだし、まあこんな生活もいいんじゃないでしょうか。
というわけで短期宿泊客の僕らは、その中に深く入り込むわけでもなく、控えめに慎ましく自炊してマイペースに夕食をとり、明日のお出かけに備えて、闘牌の音をBGMに夜遅くまでブエノスアイレスの情報を仕入れたりしたのでありました。

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comments
町並みがパリみたいですね♪
・・・って、外国に旅行は行ったことないけど、テレビで見るような町並み!!
素敵なところですね(^o^)