2008年5月16日 の出来事 |
アンデスを越える -サンティアゴ-
朝7時。まぶたを開くと、ウネりながらどこまでも続く一本道、そしてその先に広がるアンデスの壮麗な山々の姿が目に入ってきた。
さっきメンドーサのバスターミナルで休憩したのがだいたい6時ぐらいだったから、それからどうも1時間ぐらい寝ていたようだ。
東から西へと向かう僕らの乗ったバスを背後から追いかけるようにして、太陽も南米大陸の東の地平線から空へ向かって昇り始めているようだった。
太陽の姿は直接は見えなかったが、目の前に屏風のように浮かびあがる、赤く染まり始めた美しいアンデスの山並みが、そのサンライズの様子を僕に教えてくれたのだった。

太陽が昇りきった後も、爽やかな景色の広がるゆるやかな山道をバスは登り続けた。
そして数時間後、バスは突然、不自然な渋滞エリアへと突入し、そしてその渋滞の開始地点となっている大きな建物のほうへ向かって進み始めた。
どうやらここは国境のようだ。ここを越えれば、この旅37カ国目の国、チリへと入ることになるわけだ。
これまでも僕らは、いくつかの国境を陸路で越えてきた。
誰でも簡単に通れる単なる門だったインド・ネパール間の国境、雪の残る誰もいない寂しい無国籍地帯をトボトボと歩いたアルバニア・マケドニア間の国境、ものすごく厳重なチェックと質問攻めにあったヨルダン・イスラエル間の国境・・・、色んな国境を味わってきたような気がするが、このアルゼンチン・チリ間の国境は、なんだか他の国境とは次元が違うような、そんな威厳と格式にあふれたものであるような感じがした。
なんというか、国境になるべくして国境になったという感じ、「ザ・国境」という感じなのだ。
そう僕に思わせたものは、紛れも無くこの目の前にドカーンと広がるアンデス山脈だった。
雪をかぶった巨大でリアルなアンデスは、「ここで止まれ!」と言っているかのように、威圧感たっぷりの様相で威風堂々とそそり立っていた。
ここにあるのは、アフリカ大陸の直線的かつ恣意的な国境とは正反対の、自然の境界線、普遍的な境界線だった。

国境では、やたらと厳重な荷物チェックが行われた。
というかチリ側が生態系への影響を考慮して、動植物類の持込を厳しく制限しているのだ。
野菜や果物、肉類、種子類、乳製品類などを持っていると、ここで没収となる。
何かの容疑者たちのように、バスの乗客たちは全員X線の機械らしきものの前にずらーっと並ばされて、いちいち荷物の中身を細かくチェックされた。
まあ大事だとは思うし、大きな貨物とかをチェックするならわかるけど、一般人に対してここまでやる意味があるのかねえ・・・。
厳しいチェックを終えてバスに戻り座席に座ると、ポケットの中から棒のようなものがこぼれ落ちてきた。
すっかり忘れていたが、ブエノスアイレスで買ったサラミをポケットに入れていたのだった。
というか、あれだけ厳しくチェックしてたけど、ポケットに入れとけば見つからないんだね・・・。

国境を越えた後も、素晴らしい景色の中をクネクネしながら進んでいき、バスは昼の3時ぐらいにサンティアゴのバスターミナルへと到着した。
さて、サンティアゴ。
とりたてて何か名所があるわけでもないこのチリの首都、スモッグシティのサンティアゴだが、僕らにはこの町に来なければいけない理由があった。
・・・それはイースター島に行くため。
あのモアイで有名な絶海の孤島イースター島へは、貨客船やタヒチ発の便を除くと、このサンティアゴから出発する飛行機に乗らないと行くことができないのだ。
もちろん僕らもモアイに会うため、サンティアゴからイースター島へと向かう飛行機のチケットをすでに予約していた。
ちなみに、飛行機の出発は明日の朝。
そう、この町でゆっくりしている時間はないのだ!
市場に行って海産物を食べまくりたいけど、それはイースター島から帰ってきてから楽しむことにしよう。
というわけで、サンティアゴの町で軽く食事を取った後、市バスに乗って空港へと向かい、ドバイ以来の空港泊。
ドバイの空港ほど快適ではなかったけど、でもここの空港も24時間オープンだし、無線LANも入るし、新しくてキレイだしでなかなか悪くはなかった。
そんな空港の片隅で、イースター島のことをネットで調べたりしながらまだ見ぬモアイの姿を頭の中で思い描いた後、硬いベンチの上に横になり、浅い浅い眠りへとついたのだった。

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