2008年5月23日 の出来事 |
田舎町 -サン・ペドロ・デ・アタカマ-
サンティアゴから乗り込んだバスは、チリの国土をひたすらひらすら北上していった。
バスの進んでいる正確な方位はわからなかったが、チリの国土を考えると、北の方角へと進んでいることは間違いなかった。
道の両脇にはゴツゴツした砂漠が果てしなく続く。どこを見渡してみても砂漠、砂漠、砂漠だ。
眺めているだけでもノドがカラカラになってしまいそうな、そんな乾いた風景が延々と続いていた。

向かう先は、サン・ペドロ・デ・アタカマという長ったらしい名前の町だ。
チリ北部に位置する砂漠の中の小さな田舎町なのだが、ボリビアとの国境に近いため、チリからボリビアへと抜ける旅行者にとっての、ちょっとした拠点都市となっている。
あの南米最大の名所といっても過言ではないボリビアのウユニ塩湖へと向かうツアーも、この町から数多く出ているようで、僕らもそのツアーに参加して、そのままボリビアへ抜けようと考えている。
ちなみに、そのツアーは別名「高山病ツアー」とも呼ばれている。
サン・ペドロ・デ・アタカマの標高は2,400メートル。富士山の五合目と同じぐらいの高さだ。
けっこうな高地にある町なわけだが、このツアーで通る土地の平均標高はなんと4,000メートル以上。高い所だと4,800メートルに達する場所もあるそうだ。
そんなわけで、ツアー参加者の大多数が何かしらの高山病の症状に見舞われるというウワサを聞いている。
チベットのラサで高山病になった嫁にとっては、そのツアーは鬼門のようなものなのかもしれないが、でもあのチベットで体験した、嘘みたいに真っ青な空、新鮮で神聖な空気感をまた再び味わうことができるのかと思うと、ほんとに楽しみでしょうがない。
とはいえ高山病はやっぱり怖いので、とりあえずサン・ペドロ・デ・アタカマで2~3日ゆっくりして体を高地に慣れさせた後、ツアーに参加するつもりだ。

昼の2時半頃、人の生活感がわずかに漂うビミョウな広場みたいなところでバスは停車した。
ドライバーが「終点だ」と言っているので、どうやらここがサン・ペドロ・デ・アタカマの町のようだ。
町というより村といったほうがいいかもしれない。本当に静かでヒッソリとしており、目に入るもののほとんどが、あの砂漠と同じ淡くて薄い褐色をしていた。
町の中心部へと歩いていき、宿を探す。
中心部はさすがにツーリスト向けの店も多く、バスターミナル付近に比べるとちょっと賑やかだった。人通りというものも存在している。
といっても、ど田舎ってことには違いないけど。

泊まろうと思っていた宿が満室だったため、適当に客引きについていき、ちょっと町はずれにある安宿にチェックインした。
ボロボロで掃除の行き届いていないキッチンと、暖房が無くて底冷えのするホコリっぽい室内を大目に見れば、まあ値段の割りになかなか悪くない宿だ。
町はずれとはいえ、そもそも町自体が小さいので中心部まで歩いて5分ほどで行けるし。
「ちょっと散歩行こうよ」
二段ベッドの下の段を寝床にすることに決めた僕は、荷物を置いた後、上の段にいる嫁を散歩に誘ったのだが、嫁からは「部屋でゆっくりしてるからひとりで行ってきたら」というそっけない返事が返ってきた。
どうやら嫁は疲れてるみたいだ。たしかに僕もなんとなく体が重いような感じがする。
よく考えると、昨日サンティアゴを出たのが午後3時頃だったから、丸一日24時間近くをバスに乗って移動していたことになる。おまけにこの標高なのだから、体が重く感じるのも当然なわけだ。

嫁を置いて1人で町を散歩しにいった。
サン・ペドロ・デ・アタカマの町は、予想通り1時間もあれば全ての道を歩き尽くしてしまえるぐらい小さな町だったが、それでも散歩はなかなか楽しかった。
乾ききった大地の中に取り残されたようにしてポツンと身を置く町。
この町に漂うその哀愁というか物悲しさというかエレジーというか、そういった雰囲気は、僕の中の旅情をかきたてるには十分なほどに、ちょうどいい感じの隔絶感を漂わせていた。
むろん、ここに住めと言われたらちょっと困ってしまうのだが、旅の通過点として訪れる分には、悪くない町だなと思った。
そんな1時間で歩き回れるような小さな町を、意味も無くひとりで2時間ほど歩き回っていると、いつの間にか町全体がゆっくりと夕焼けに包まれ始めた。
遠目に、富士山に形の似たリンカンカブール火山が、夕陽をあびてその身を赤く変化させている姿が目に入ってきた。
とりあえず、これまでの2時間と同様に特に意味も無く、その山のほうへと向かって足を進めていく。
・・・と、目の前に墓場が現れた。
無造作な感じで無数の十字架が地面に突き刺さってる、とてもシンプルな墓場だ。
僕は日本の特に都市近郊にある新興墓地へ行くと、その整然と規則正しくズラーッと墓石が並べられた様子を見て、なんともいえない違和感を感じてしまうことがあるのだが、いま目の前に広がっているこの墓場に対しては、外国の墓場にもかかわらず、違和感というものを全く感じなかった。
むしろ、このサン・ペドロ・デ・アタカマの町の雰囲気と、背後に見えるリンカンブール火山、そして雑然と十字架が乱立するこの墓場の様子は、矛盾無くとてもまとまりよく整合していて、溶け合うようにして美しく調和しているように思えた。
とりあえずその光景が、僕の旅情をさらにさらにかきたててくれたことは間違いなかった。
そんな景色をぼんやり眺めていたら、あっという間に空が暗くなり、嘘みたいに町全体が真っ暗闇に包まれていったのだった。

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