2008年5月28日 の出来事 |
真っ白な世界(1) -ウユニ塩湖ツアー-
薄暗がりの中、「魚の島」の斜面を頂上へ向かって登っていく。
ウユニ塩湖の彼方に広がる地平線は、その輪郭をほのかに色づかせ始めていたが、太陽はまだ顔を出してはいなかった。
「日の出の様子を島の頂上から眺めたい・・・」
標高3,700メートルの薄い空気とゴツゴツした斜面は予想以上に手強く、僕の体に容赦なく激しい息切れをもたらしていたが、そんなのに負けるわけにはいかなかった。
気合いを入れ、体をなんとか奮い立たせ、前のめり状態で巨大なサボテンの生い茂る斜面をがむしゃらに進んでいった。

ツアー3日目。早朝5時に起床し、車に乗ってまず向かったのがこの「魚の島」だった。
ここはウユニ塩湖に浮かぶ、文字通り魚の形をした島だ。
「島」と言っても、雨季の一時期を除き塩湖には基本的に水が張らないので、実際には地面から少し盛り上がった小山のような感じだ。丘と呼んだほうがいいのかもしれない。
ともあれ、この島の頂上から日の出を眺めることは、ちょっと変な表現だが、僕にとってたぶん長年の夢だった。
なぜ「たぶん」なのか。
それは僕が長いこと憧れ続けてきた景色と、この島の頂上からの眺めが、同じものなのかハッキリしなかったからだ。
昔、テレビかビデオで、とある日の出の映像を見たことがあった。
どこかの国の丘の上から撮影されたであろうその映像には、太陽の光を浴びて赤く染まる山並みと、幻想的に浮かび上がる一面真っ白な神々しい大地の姿が映し出されていた。
その映像をいつどこで見たのかはさっぱり覚えてないのだが、その途方もなく美しい映像に感動した僕は、「死ぬまでに一度この光景を目の前で見てみたい」と鳥肌を立たせながら、そう思ったのだった。
そのくせ、どの国のどの場所で撮られた映像だったのか覚えてないというのが相当マヌケなのだが、しかしそれ以来僕の頭の中にその美しい映像はずっと生き続けていた。
そして僕が世界一周の旅に出ようか迷っていた時、その頭の中の残像は僕の背中をそっと後押ししてくれた。
どこにあるかはわからないけど、世界中を旅すればあの美しい日の出を目撃することができるかもしれない・・・。
それは宝くじ売り場に並んでいるときに感じるような淡い期待感だったが、その期待感は不思議な説得力で、当時の僕の気持ちを微妙に昂ぶらせていったのだった。
僕の耳に「ウユニ塩湖にある魚の島の頂上から見る日の出はとても美しい」という情報が入ってきたのは、この世界一周の旅の始めの頃、アジアを周っていあたりだった。
そしてその話を聞いて、もしや・・・という思いに駆られたのだった。
たしかにあの映像の中には、真っ白な大地が広がっていたし、なんとなく魚に関する話がナレーションとして入っていたような気もする。
根拠に乏しいのはわかっていたが、でもそのときは当選確実の宝くじを手に入れたようなそんな気分だった。
きっと僕が追い求めていたのは、魚の島の頂上から見える日の出の景色に違いない!
そう勝手に思い込みながら、ボリビアに対する特別な感情を抱いて、ここまでの旅路を進んできたのだった。
そんな、「たぶん」長年の夢だった景色は、もう目と鼻の先まで近づいていた。あと数十メートル登れば頂上だ。
後ろを振り返ると、太い筆で書いたような、にじんだように見える地平線が不思議な色をして輝き始めていた。

酸素不足でフラフラしながらも、なんとか島の頂上へと到着した。
とりあえず深呼吸をして体を落ち着かせ、ゆっくりとその場で空に向かって伸びをした。
3回ほど伸びをし、息切れもだいぶ収まってきた頃、地平線の中の1点が急激に輝き始め、そこから太陽が顔を現しはじめた。
日の出だ!
それとともに奇跡のような光景が目の前に広がっていった。
空は形容しがたい神秘的な青色に膨張していき、塩の大地は真綿に染料が染み渡っていくかのように、柔らかな光を吸収してその姿を白く浮き上がらせていった。
遠くに見える雪をかぶった山々は暖かなオレンジ色に輝きだし、さっきまでシルエットしかわからなかった斜面に生えるサボテンたちは、その無数のトゲで光を受け止め、表面に光の膜のようなものを作っていった。
素晴らしすぎて言葉が出なかった。
もし完璧な景色というものが世の中にあるとしたら、この目の前の景色がそれに当たるんだろうなと思えるほど、全てがパーフェクトだった。
太陽の方角を眺めた後、体を1回転させて360度のパノラマを楽しみ、また太陽の方角に戻ってきて、その様子を眺めるという所作を何度も繰り返した。
そして太陽の方角に戻ってくるたびに、「完璧だ」と何度も感じたのだった。

でも結局、僕の頭の中に残っていたあの映像の世界と、この魚の島から見える日の出の景色が同じものだったのかどうかは、よくわからなかった。
同じような気もしたし、違うような気もした。
そもそも、いつどこで見たのか覚えていないぐらいなのだから、いくら頭の中にこびりついていたとは言え、その記憶の中の映像は少なからず不鮮明なものだったし、曖昧なものだったのだ。
それはよく考えれば当然のことだったのだが、またまたマヌケなことに、この魚の島からの日の出を見て、初めてそのことに気がついたのだった。
だけどそんなことはどうでもよかった。
この目の前に広がる景色は疑いようも無く美しく、そして完璧だったのだから、もうそれで十分だった。
一緒に頂上まで登ってきたマサは、興奮のあまり何故かその場でシャドーボクシングをやり始めた。
「無理するとまた高山病になるよ」
と笑いながら声をかけたが、それを全然気にする様子も無く、彼は奇声をあげながら嬉しそうに太陽に向かってパンチをシュッシュッと繰り出していた。
なんだか微笑ましい光景だった。
そして、こんなに素晴らしい朝は、一生のうち何度も味わうことはできないだろうな、と心からそう思ったのだった。

(・・・次回へ続く)
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