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世界有数の大都会ヨハネスブルグ。バスの窓から外を眺めると中心街にはビルがたくさん建ってました。しかしそうした高層ビルや高級マンションも、いまでは不法入居者が住みつき、犯罪の温床になってるらしい・・・ |
アパルトヘイト後の移民流入や貧富の差の拡大など様々な要因により、世界最悪の犯罪都市となってしまったヨハネスブルグ。中心街は昼夜問わず殺人や強盗が多発し、いまではゴーストタウンと化してしまっている |
外に出ると危ないので、車窓から町の様子をちょっと見学。雰囲気はやはりちょっと異様な感じだった・・・。外国からの駐在員と観光客だけでも、1日20人ほどがこの町で殺人事件の犠牲になってるらしい |
バスターミナル内の様子。人が多いので安全かと思い、カメラをパシャパシャやってたら、覆面警官から「危険だからやめなさい!」と注意された |
というわけで、中心部から少し離れた郊外地区の宿に宿泊。郊外にいけば比較的治安は良いらしい。プール付きでなかなか豪華! |
犬もこの通り。世界一危険な町とは思えないほど、ノンビリくつろいじゃってました |
泊まった宿で手配していたソウェトツアーに参加。ソウェト(SOWETO)とは、「South-Western Townships」の略。南アフリカ最大の黒人居住区で、アパルトヘイトによって迫害されたアフリカ系住民の象徴の地とも言われる |
東京23区ぐらいの広さに300万人以上の人々が住むといわれているソウェト。ちょっと怖かったけど、ここを見ずして南アは語れないという話を聞き、参加してみました |
しかし、ツアーのドライバーによると、ソウェト内は比較的安全とのこと。雰囲気的にはかなり危なそうだけど・・・ |
ソウェトは貧しい地域だと思い込んでしまいがちだが、一部の地域には結構キレイな建物も建っていた。これはソウェト内の宿泊施設。相当の人気らしく、泊まるには数ヶ月待ちらしい |
こちらは、あの有名な黒人解放運動の父、ネルソン・マンデラ元大統領が住んでいたという家。今はミュージアムになってます |
内部は写真撮影禁止だったのですが、マンデラ氏の写真や各種資料などが展示されていました。よく見ると、カメラだけじゃなくて銃も禁止みたいです |
マンデラ氏は過去3回結婚してるそうだが、奥に見えるのはマンデラ氏の前妻が住む家だそうだ |
1976年、「アフリカーンス語強制」に対する黒人学生・少年たちによる反対抗議デモに対し、警官隊が発砲。300人もの死傷者を出す惨事がここソウェトで起こった(ソウェト蜂起) |
ソウェト蜂起で発砲され負傷した子供ヘクター・ピーターソンを抱える少年の写真。この衝撃的な写真は世界の怒りを呼び、当時アパルトヘイト政策をしいていた南アフリカ政府への国際非難をもたらした |
アパルトヘイト政策の転換点となったこの蜂起が行われた6月16日は、「青年の日」として南アフリカの祝日となっている。ヘクター・ピーターソン記念館の横にこの記念碑は建っていた |
ソウェトにあるレジナ・ムンディ教会の内部 |
今は静かなこの教会もかつてアパルトヘイト撤廃運動の拠点であったそうだ |
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教会を彩る美しいステンドグラス |
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教会には黒いマリアの絵も飾ってあった。教科書とかでも見たことのある有名な絵だ |
ロータリーに建っていた巨大なコンクリートの板。なんだったんだろう、これは・・・ |
火力発電所跡地にあるソウェトの町や労働者がペイントされた建物。近隣大学の美術学生により描かれたそうだ |
ソウェトの中でも最貧層が住むバラックの建ち並ぶ地域 |
そのひとつを見学。この地域のボスに連れられて地域内を見てまわる |
ボスと一緒とはいえ、やっぱり少し怖い。住宅内を見学させてもらったが、質問ないかと聞かれても何も言葉を返せなかった |
子供たちが人なつっこく声をかけてきた。ソウェトでは、好奇心に満ちた目をした子供たちからよく話しかけてきた |
そこら中で有刺鉄線の姿を目にした。ヨハネスブルグといって一番に思い浮かぶのは、この有刺鉄線の風景かもしれない |
ヨハネスブルグ、色々と考えさせられる町でした・・・ |
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[カサブランカ]
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