ポーランド/ハンガリー


クラクフアウシュビッツブダペスト

アウシュビッツの写真

人類の負の遺産アウシュビッツ。
雪の降り積もる中、アウシュビッツは前世紀の出来事を淡々と語っているように見えました。

クラクフから車で1時間半ほどの場所にアウシュビッツの広大な施設は位置している。かつて強制収容所だった施設が、現在、そのまま博物館として利用されている

広島の原爆ドーム同様、アウシュビッツは人類の負の遺産として世界遺産にも登録されている

施設の入口には有名な門が。囚人たちの強制労働によって作られたこの門には「働けば自由になる」という言葉が刻まれている

逆さになっている「B」の文字。これは囚人たちによるささやかな抵抗だったと言われている

敷地内には、かつての収容棟が立ち並ぶ。白い雪が屋根につもる収容棟の中へと入り、様々な展示物を見て周った

150万人という恐ろしい数の人たちがここで虐殺されたと言われている。ある収容棟の壁には、この施設にて亡くなった人々の写真が張られていた

大量虐殺に使用された毒ガス「チクロンB」の空き缶

「なんだこれ?」と思ったら、髪の毛だった。十メートル以上ある広い展示スペースを埋め尽くす、おびただしい量の髪の毛・・・。もちろんここに収容されていた人々のものだ

囚人たちが収容所に送られてきたときに持参していた膨大な量の食器類

こちらは囚人たちの義手・義足。肌色をした義手・義足には、冷たい生々しさを感じてしまった

囚人たちがここに着いたときに没収されたトランク。監守からの指示のもと、「後で受け取るときのために」という理由で、トランクには囚人たちにより、名前と住所が書き記さたという

真っ黒な色をした靴の山

鉄クズのように見える大量のメガネ

ユダヤ人博物館の門にはダビデの星が施されていた。当時ナチスは、ユダヤ人を識別するため、このマークを収容されていたユダヤ人の服の胸に付けることを強制していたそうだ

囚人たちの当時の写真。まともな食事を与えられてなかった囚人たちの体は、見事なまでに痩せ細っていた

骨と皮だけと言っても過言ではないほど細くなった足

銃殺に使用された「死の壁」には、たくさんの花がそなえられていた

かつて高圧電流が流れていた有刺鉄線

まるで鉄棒のようにも見えるこれは、数多くの囚人が処刑された絞首台だ。上部の棒には、鉄道のレールが使われている

戦後、裁判により死刑が決まったアウシュビッツ収容所の元所長ルドルフ・ヘスは、この絞首台で処刑された

「能率的」な大量虐殺を行うために使用されたガス室

「シャワーを浴びるため」という理由でここに連れてこられた囚人たちは、このガス室に裸で放り込まれ、そして苦しみもがきながら死んでいった

アウシュビッツから2キロ離れた場所にあるビルケナウ。アウシュビッツ第二収容所と称される広大なこの敷地内には多くの収容棟が、当時の内装そのままの姿で残されている

有名な鉄道の引込み線。雪に埋もれかけた線路は、施設の奥のほうまで続いていた

かつて三百以上もあったと言われるビルケナウの収容施設。証拠隠滅のため、そのいくつかは敗戦直後にドイツにより破壊され、いまは煙突だけが残されている

こちらも証拠隠滅のために爆破されたガス室。屋根だけが形を残している

ビルケナウには、収容施設が当時に近い形でそのまま残されている。テレビや映画に出てくるアウシュビッツの風景は、主にビルケナウのものだそうだ

囚人用のトイレ。痩せすぎて穴の中に落ちてしまう囚人も多かったようだ

カビ臭い収容施設の中には三段ベッドが並んでいた。一段ごとに数人の囚人が詰め込まれていたそうだ

この強制収容所で行われていた出来事は、この先の歴史の中で、どのように認識されていくのだろうか・・・